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- 何をする反応か — ω-ヒドロキシカルボン酸(セコ酸)に DCC・DMAP・DMAP塩酸塩の3成分を作用させ、高希釈条件下で分子内エステル化し大環状ラクトンに変える反応。
- 何ができるか — 中性〜弱塩基性の穏和な条件で、大環状ラクトンが1工程で得られる。酸クロリドや混合酸無水物の調製が不要で、高度に官能基化されたポリケチド型基質にも適用できる。
- いつ使うか — 鍵は DMAP塩酸塩。これがプロトン移動を仲介し、基質を失活させる N-アシル尿素への副反応を抑える。酸クロリドや加熱に耐えない基質を環化したいときの選択肢となる。
概要
ボーデン・ケック マクロラクトン化(Boden-Keck Macrolactonization)とは、ω-ヒドロキシカルボン酸(セコ酸)を DCC・DMAP・DMAP塩酸塩(DMAP·HCl)の3成分系により高希釈条件下で分子内環化させ、マクロラクトンを与える手法である。1985年に米ユタ大学の Eugene P. Boden と Gary E. Keck が報告した。[1] [2]
本反応は、単にSteglichエステル化を希釈しただけではない。原著論文表題「Steglichエステル化におけるプロトン移動段階」が示すとおり、Boden と Keck は大環状化が失敗する主因を プロトン移動の遅さと、それに伴う N-アシル尿素への不可逆な副反応 と捉えた。そこでアミン塩酸塩を共存させたところ反応は効率的に進行し、種々検討の結果 DMAP·HCl が最良の添加剤であることが見出された。[2] アミン塩酸塩は活性種のプロトン移動を仲介する役割を担うと説明されている。[2]
DCC・DMAP・DMAP·HCl はいずれも基質に対して大過剰用いるのが通例で、基質溶液をシリンジポンプで滴下する高希釈操作と組み合わせて用いる。
反応機構
素反応の骨格はSteglichエステル化と共通である。まず (1) カルボン酸が DCC に付加して O-アシルイソ尿素を与える。この中間体は酸無水物に近い反応性をもち、(2) DMAP がアルコールより強い求核剤として先にこれを捕捉し、アシルピリジニウム(活性エステル) を生成する。(3) これがヒドロキシ基と反応してエステルを与え、DCC由来のジシクロヘキシル尿素(DCU)が副生する。[3][4]
問題は、O-アシルイソ尿素が 分子内1,3-アシル転位を起こして N-アシル尿素になる副反応経路(A)をもつことである。N-アシル尿素はもはやアルコールと反応せず、基質を失活させる袋小路となる。[3][4] 分子間エステル化ではアシル化が十分速いためこの副反応は目立たないが、環化が遅い大環状化では相対的に無視できなくなる。
対してアンモニウム塩の共存下では反応が効率的に進行し、種々のアミン塩酸塩のなかで DMAP·HCl が最良の結果を与えた。アミン塩酸塩は活性種のプロトン移動過程を仲介し、その結果として N-アシル尿素の生成が抑えられる。[2][5] DMAP·HCl は DMAP との共役酸・共役塩基対をなすため、系を緩衝しながら必要なプロトンを供給できる点が、単純な酸を加える場合と異なる。
なお、大環状化では常に分子内環化 vs 分子間オリゴマー化の競合がある。濃度が高いと二量体(ジオリド)以上のオリゴマーが優勢となるため、高希釈条件が必須となる。近年の報告でも、セコ酸の末端間環化は依然として 5 mM 未満の高希釈を要するのが標準とされている。[6]
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み
試薬がいずれも安価・汎用で入手性がよく、特殊な酸ハロゲン化物や酸無水物を別途調製する必要がない。中性〜弱塩基性の穏和な条件で進行するため、酸・塩基に弱い官能基を含む高度に官能基化されたポリケチド基質にも適用できる。実際、シトバリシンのような22員環ポリオール系マクロリドで92%という高収率の環化が達成されている。[7][2] 分子間エステル化にも同じ発想(アンモニウム塩の添加)がそのまま転用でき、N-アシル尿素の生成が問題になるエステル化全般で有効な処方として定着している。[5]
弱み・注意点
試薬を大過剰用いるため原子効率は低く、副生する ジシクロヘキシルウレア(DCU)の除去も手間になる。高希釈とシリンジポンプによる長時間滴下が前提であり、スケールアップには不利である。また、立体的に混み合った二級アルコールでは反応が遅く、その分だけ N-アシル尿素生成やオリゴマー化との競合が不利に働く。現在の全合成では、より活性の高い山口法(2,4,6-トリクロロベンゾイルクロリド)や椎名法(MNBA)が第一選択となることが多く、本法は「古典的だが今も有効な選択肢のひとつ」という位置づけである。[8][9]
| 反応 | 活性化剤 | 典型条件 | 長所 | 短所・注意 | 使いどころ |
|---|---|---|---|---|---|
| ボーデン・ケック マクロラクトン化 | DCC(+DMAP/DMAP·HCl) | CHCl₃、室温〜還流、高希釈、試薬大過剰 | 試薬が安価・汎用、中性条件、官能基許容性が高い | DCU除去、試薬過剰、混んだ2級アルコールに弱い | 酸・塩基に弱い官能基を含む基質、混合酸無水物を経たくない場合 |
| 山口マクロラクトン化 | 2,4,6-トリクロロベンゾイルクロリド | 混合酸無水物を調製後、DMAP存在下で高希釈・加熱 | 実績が最も豊富、収率が高い | 還流条件を要する、Et₃N・酸クロリドを使う | 全合成での標準法。まず試すべき第一選択 |
| 椎名マクロラクトン化 | MNBA(2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物) | DMAP存在下、室温 | 活性が高く室温で進行、二級アルコールにも有効 | 試薬が比較的高価 | 熱に弱い基質、混んだ2級アルコール |
| コーリー・ニコラウ マクロラクトン化 | 2,2′-ジピリジルジスルフィド/PPh₃ | 2-ピリジンチオエステルを経て加熱環化 | 古典的手法、機構が明快 | 加熱が必要、基質によりエピメリ化の懸念 | 歴史的手法。条件検討の比較対象として |
| 光延反応 | DEAD/PPh₃ | 室温 | アルコール側の立体が反転 | 立体反転が起こる、ホスフィンオキシド除去 | 環化と同時に立体を反転させたいとき |
反応例
(−)-コレトール(colletol)の全合成[10]
Keck らは、本法の開発母体となった一連の研究の延長として、糸状菌 Colletotrichum capsici 由来の14員環ビスラクトンである (−)-コレトールを合成した。TBS保護されたヒドロキシ酸に対して DCC/DMAP/DMAP·HCl を作用させて環化し、続く Dowex-H⁺ による TBS 除去とあわせて2工程71%で目的物を得ている。[2] 同グループはこれに先立ち、(+)-コレトジオールの全合成を「マクロラクトン合成の新手法」として報告している。[11]
(−)-シトバリシン(cytovaricin)の全合成[7]
Evans らによる本法の代表的応用例。Streptomyces diastatochromogenes 由来の22員環マクロリドで、Julia–Lythgoe オレフィン化で二つの断片を連結して得たセコ酸を、ボーデン・ケック条件で環化し 92% という高収率でマクロラクトンを構築している。[7][2] 高度に官能基化されたポリオール基質でも本法が機能することを示した好例である。
その他の適用例
スウィンホリドA/ヘミスウィンホリドAの全合成(Paterson ら)[12]、バフィロマイシン A₁ の全合成(Hanessian ら、「カルボジイミドを用いる Keck 型マクロラクトン化」と記述されている)[13]、樹脂配糖体(resin glycoside)のマクロラクトン核の構築[14] などが報告されている。
実験手順
代表的プロトコル(エポチロン類合成における環化条件)
高希釈環化の実際を示す例として、エポチロン骨格のセコ酸を環化する条件が特許実施例として公開されている。[15]
- 反応容器に DCC(基質に対し約25当量)、DMAP(約22当量)、DMAP·HCl(約24当量) を量りとり、無水クロロホルム(基質約0.03 mmolに対して総溶媒量約90 mL=最終基質濃度0.3 mM程度)に溶かして還流させる。
- 別途、セコ酸(ヒドロキシ酸)と少量の DMAP を無水クロロホルムに溶かした溶液を調製し、シリンジポンプで約20時間かけて還流中の上記溶液へ滴下する。針先は還流冷却器の直下に置き、滴下液が確実に反応系へ落ちるようにする。
- 滴下終了後、50 °C まで冷却し、酢酸を加えて過剰の試薬をクエンチする(約2時間)。
- 室温まで冷却後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で順次洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥する。
- 濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製する。析出した DCU は、この前段でろ過により除いておく。
一般的な条件範囲
環サイズや基質の柔軟性により最適条件は大きく変わる。溶媒はクロロホルムまたはジクロロメタン、温度は室温〜還流、滴下時間は数時間〜1日以上が目安となる。まずは小スケールで (i) 濃度、(ii) 試薬当量、(iii) 滴下速度 の3点を振ることを推奨する。
実験のコツ・テクニック
- 滴下するのは基質側。 試薬側を先に仕込んで還流させ、そこへセコ酸溶液をゆっくり滴下する。逆にすると基質の局所濃度が上がり、ジオリド以上のオリゴマー化が優勢になる。
- 当量が単量体/二量体比を決める。 Keck らはポリマー担持カルボジイミドを用いた検討で、環化が難しい基質ではマクロラクトンとジオリドの生成比が試薬当量に依存することを明確に示している。[16] 目的物が得られない場合、濃度だけでなく当量も振るべきである。
- DCU の除去。 DCC を使う限り不溶性の DCU が大量に副生する。反応後に冷却してろ過するのが基本だが、除去を簡略化したい場合は ポリマー担持カルボジイミド[16] や、水溶性ウレアを与える EDC(EDCI) への置き換えが有効である。EDC は塩酸塩として市販されており、この場合は塩酸塩自体がプロトン源を兼ねる形になる。
- DMAP·HCl の代替として DPTS。 DMAP と p-トルエンスルホン酸の1:1複合体である DPTS は、無水条件下で化学量論量の酸と DMAP を同時に供給できる添加剤として高分子ポリエステル合成で標準的に用いられている。[17] 液晶材料の合成では、N-アシル尿素の生成を抑える「Keck変法」の実装として DMAP の代わりに DPTS を用いた例が報告されている。[5] 塩酸塩以外のアンモニウム塩でも同じ原理が働くことを示す例といえる。
- DMAP·HCl は吸湿性がある。 水分は DCC を消費して DCU を増やすだけなので、試薬・溶媒はよく乾燥させる。クロロホルムは安定剤(エタノール)が反応に関与しうるため、精製・乾燥品を用いる。
- エピメリ化に注意。 カルボニルα位に立体中心をもつ基質(特にデプシペプチド類)では、マクロラクトン化の手法選択そのものがエピメリ化率を左右することが報告されている。[18] 環化後は必ず立体純度を確認すること。
- うまくいかないときの分岐。 混み合った二級アルコールで反応が遅い場合は椎名法(MNBA、室温で進行)を、より高い活性が必要なら山口法を検討する。逆に、基質が酸クロリドや加熱に耐えない場合こそ本法の出番である。
- スケールアップの代替手段。 高希釈のバッチ操作は大量合成に不向きである。近年は連続フロー[19]や電気化学的手法[6]によって高濃度・短時間での大環状化を目指す研究が進んでおり、プロセス化を見据える場合には検討の価値がある)。
参考文献
- Boden, E. P.; Keck, G. E. “Proton-Transfer Steps in Steglich Esterification: A Very Practical New Method for Macrolactonization.” J. Org. Chem. 1985, 50, 2394–2395. DOI: 10.1021/jo00213a044 (原著)
- “Lactonization” ScienceDirect Topics. https://www.sciencedirect.com/topics/biochemistry-genetics-and-molecular-biology/lactonization (Boden–Keck の名称、アミン塩酸塩のプロトン移動仲介、コレトール・シトバリシンへの適用の記述)
- “Steglich Esterification” Organic Chemistry Portal. https://www.organic-chemistry.org/namedreactions/steglich-esterification.shtm (O-アシルイソ尿素、DMAPによるアシル移動、N-アシル尿素の生成)
- Neises, B.; Steglich, W. “Simple Method for the Esterification of Carboxylic Acids.” Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1978, 17, 522–524. (Steglichエステル化の原著)
- “Tailoring Columnar Ionic Liquid Crystals via the Shell of Counter Ions.” Liq. Cryst. 2025. DOI: 10.1080/02678292.2025.2575329 (DMAPのプロトン化塩でN-アシル尿素生成を抑える「Keck変法」としてDPTSを用いた例)
- “Electrochemical control enables high-concentration, one-pot macrolactonization.” Chem. Sci. 2026. DOI: 10.1039/D6SC00702C (セコ酸環化が 5 mM 未満の高希釈を要するという現状認識と、その克服)
- Evans, D. A.; Kaldor, S. W.; Jones, T. K.; Clardy, J.; Stout, T. J. “Total Synthesis of the Macrolide Antibiotic Cytovaricin.” J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 7001. DOI: 10.1021/ja00175a038
- Parenty, A.; Moreau, X.; Campagne, J.-M. “Macrolactonizations in the Total Synthesis of Natural Products.” Chem. Rev. 2006, 106, 911–939. DOI: 10.1021/cr0301402 (マクロラクトン化の基幹総説)
- Parenty, A.; Moreau, X.; Niel, G.; Campagne, J.-M. “Update 1 of: Macrolactonizations in the Total Synthesis of Natural Products.” Chem. Rev. 2013, 113, PR1–PR40. DOI: 10.1021/cr300129n
- Keck, G. E.; Murry, J. A. “Total Synthesis of (−)-Colletol.” J. Org. Chem. 1991, 56, 6606–6611. DOI: 10.1021/jo00023a029
- Keck, G. E.; Boden, E. P.; Wiley, M. R. “Total Synthesis of (+)-Colletodiol: New Methodology for the Synthesis of Macrolactones.” J. Org. Chem. 1989, 54, 896–906. DOI: 10.1021/jo00265a033
- Paterson, I.; Yeung, K.-S.; Ward, R. A.; Cumming, J. G.; Smith, J. D. “Total Synthesis of Swinholide A and Hemiswinholide A.” J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 9391–9392. DOI: 10.1021/ja00099a091
- Hanessian, S.; Ma, J.; Wang, W. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 10200. (バフィロマイシン A₁ の全合成。カルボジイミドを用いる Keck 型マクロラクトン化)
- “Synthesis of Key Macrolactone Structure of Resin Glycosides Using a Keck Macrolactonization Method.” J. Asian Nat. Prod. Res. 2015, 17(3). DOI: 10.1080/10286020.2014.998653
- US Patent 6,965,034 “Synthesis of epothilones, intermediates thereto and analogues thereof”, Example 54(エポチロン骨格セコ酸の DCC/DMAP/DMAP·HCl による環化条件)
- Keck, G. E.; Sanchez, C.; Wager, C. A. “Macrolactonization of Hydroxy Acids Using a Polymer Bound Carbodiimide.” Tetrahedron Lett. 2000, 41, 8673–8676. DOI: 10.1016/S0040-4039(00)01569-0
- Moore, J. S.; Stupp, S. I. “Room Temperature Polyesterification.” Macromolecules 1990, 23, 65–70. DOI: 10.1021/ma00203a013 (DPTS の報告)
- Cochrane, J. R.; Yoon, D. H.; McErlean, C. S. P.; Jolliffe, K. A. “A Macrolactonization Approach to the Total Synthesis of the Antimicrobial Cyclic Depsipeptide LI-F04a and Diastereoisomeric Analogues.” Beilstein J. Org. Chem. 2012, 8, 1344–1354. DOI: 10.3762/bjoc.8.154 (マクロラクトン化の手法選択とエピメリ化)
- Sutar, D. V.; Sarang, N. U.; Jamdade, A. B.; Gnanaprakasam, B. “Continuous Flow Inter- and Intramolecular Macrolactonization under High Dilution Conditions.” J. Org. Chem. 2023, 88, 3740–3759. DOI: 10.1021/acs.joc.2c03000
関連反応
- 山口マクロラクトン化/Yamaguchi Macrolactonizaion
- 椎名マクロラクトン化 Shiina Macrolactonization
- コーリー・ニコラウ マクロラクトン化/Corey-Nicolaou Macrolactonizaion
- 縮合剤 Condensation Reagent
- 向山縮合試薬 Mukaiyama Condensation Reagent
- 光延反応 Mitsunobu Reaction
外部リンク
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